アドルくんはしゃべらない
昨日は小残業&寄り道をして帰りが遅くなったので『フェルガナ』はパス。 今日と明日は休日なので、昨日の分も含めて、プレイしまくるぞ、っと。 でも、『きん注』の新刊も読みたいな。
主人公のアドルくんは全くしゃべりませんなぁ。 普通に脚本を考えればしゃべりまくりでもおかしくない。 なんだか、意地でも、意図的にしゃべらせていない感じです。 『フェルガナ』は早い話、『イース3』のリメイクなので、当時の風潮もそのまま、ということですか。 確かに、昔のゲームの主人公はしゃべらないのが基本でしたから。
主人公がしゃべる、しゃべらないについては、各所で論題となっています。 私は「しゃべる派」だったのですが、こうして、しゃべらないゲームを久々にプレイしてみると、感情移入が容易いことがよくわかる。 対して、しゃべるゲームは、どうにも、置き去り感が強い。
それはさておき、運営ノートではなにかとファルコムネタが多いのですが、『イース』をプレイせずに日本ファルコムは語れないと、思い知らされました。 恥ずかしい限りです。 『イース』をプレイすることで、『Zwei!!』や『ぐるみん』の生い立ちがおのずと見えてくる。 雰囲気こそ違えど、実は緊密につながっていたのですね。
そういえば、ステージから滑落すると、滑落地点よりも明らかに上の地点に着地することが多々あるわけですが、そういうツッコミはなしですかね。 これも昔の風潮ですよね。 滑落を滑落と捉えてはいけない。 滑落はワープなのだ。
自分では最近流のゲームは馴染まないと思っていたのですが、知らぬ間に、抜かりのない、最近流のゲームにすっかり馴染んでしまっていたようです。 モノづくりの基本は、既成概念や決まりごと、常識や法則、先入観に囚われないこと。 すっかり忘れていますね・・・